道徳教育よりも大事なこと

ぼくのプロフィールをご覧頂いた方はおわかりかもしれませんが、ぼくはもともと株や債券などの金融投資の世界にいた人間です。

その世界にいて、平成初期のバブル崩壊や、最近で言えば(とはいえもう10年ほど前になりますが)リーマンショックなど、銀行が潰れたことによって、世の中があんなに大パニックになることを間近に見させてもらいました。

まさに一般の人達から見たら「なんでそんなことになんの!?」という現象だったと思いますが、実業ではない金融が世の中の実業に大パニックをもたらしてしまったわけです。

そんな経験を踏まえると、こういうまさに金融とか、世の中を動かしているカラクリ的な話というのは、本当は小学校・中学校の義務教育でやるべきなんちゃうの!?と強く思ったりします。

「道徳教育」を推進するのもいいのかもしれませんが、国家のやる「道徳教育」というのは、歴史が証明しているように、得てして変な方向に走ってしまうきらいがありますので、ほんまに大丈夫なんかいなと思います。

特に、最近はぼくが申し上げるまでもなく、「モリ・カケ問題」や自衛隊の日報問題など、保管しておくべき書類を破棄してしまってありませんと、国家が平然と証拠を隠滅するという前代未聞の事件が多発している状況です。

普段は、ぼくたちのような商売をやっている人間は、国家からやれ「帳簿残せ!領収書残せ!残さんと(痛い目に合わせるぞ!?)」とキツく言われているわけですが、その言ってる当の本人が、「都合が悪いから書類捨てました」とか言ってるわけで、そんなことが本当にまかり通るのかと。

そういう人たちのやる「道徳教育」って一体何なんですか、ということじゃないかと思うわけです。

こんなことを言うと、ぼくのことをやれ「左翼だ」何だとか言う人がいるかもしれませんが、そうではなくて、状況を冷静に分析したら、こうとしか言えへんやろということを言っているに過ぎません。

大人が子どもの手本に全くなれていない状況で、大人自身が自分を振り返ることを差し置いて、子供をコントロールすることは、筋が違っているのでないかということなのです。

ですから、子供に手本すら示せていない大人が「道徳教育」の推進とかそんなことをやるよりも、金融とか世の中が動くカラクリとかをちゃんと教えた方が、今起こっている様々な不祥事とかを、国民自身が考えることができるんじゃないかなと思うわけであります。

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