何でもかんでも「ムダ」を排除すればいいわけではない

人間には面倒なことは色々ありますが、何が一番面倒くさいかと言えば「人間関係」かと思われます。

職場の人間関係もさることながら、男女の恋愛関係に至るまで、人の悩みのおそらく全ては「人間関係」に起因していると考えていいと思います。

特に男女の恋愛関係なんかは、数々の指南本が世を賑わせていることからわかるように、有史以来ほとんど進歩がないのではないでしょうか。

どうやったら人と仲良くなれるのか、どうやったら知らない人と打ち解け合えるのか。これはぼくも正直よくわからないので教えてもらいたいくらいですが、その一つの方法として「雑談」というのが言われたりします。

受験バカだったからかもしれませんが、ぼくはこの雑談が苦手でして、無駄な話をすることが得意ではありません(そう言いながら、このブログはほとんど無駄話なので、かなり自分勝手な言い分なのですが)。

加えて、昔は雑談のような無駄話をやっても意味がないと思っていました。しかし、よくよく考えてみると、雑談というのは、雑談自体に中身はないのですが、それによって円滑な人間関係が生まれるという効用があります。

つまり、人間関係の潤滑油として雑談の意義があるわけで、それによって、知らない人と仲良くなったり、仲良くなることによって仕事がうまくいったりする。

逆に、雑談のない職場は意外に仕事ができなかったりするわけで、それは、自分のサラリーマン生活でもよく見られました。

そう考えると、無駄なものを何でもかんでも削ぎ落とすことがいいわけではないということが言えそうです。

つまり、ある程度「無駄なものを許容する」ことで丁度いいのかもしれないということですね。

無駄なものばかりだと困るけど、無駄なものが何一つないとそれはそれで困る。こういうところが、単純ではない世の中の面白いところだったりするわけで。

この「無駄なものがどのくらいあったらいいか」というバランスは、人によっておそらく違うので、それを自分の人生の体験の中でつかんでいくということなのでしょう。

そういう意味では、プログラミングにおいても、何かアプリを作る際に、ガチガチ真面目にやるよりも、「遊び心」を加えた方が、面白いものが作れたりするわけです。

そして、その「遊び心」というのは無駄なものから生まれますから、そういう意味では、一見プログラミングとは何の関係もない話のようでいて、実はプログラミングにも通じる話なのかもしれません。

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